第6回:時代を超えて響くケアホルムの美学
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─ 回顧展・出版・復刻プロジェクトから見る現代的評価 ─
ポール・ケアホルムの評価は、21世紀に入ってからさらに高まりを見せています。
近年では、世界各地で回顧展が開催されるとともに、研究書の出版も相次ぎ、デザイン史における彼の位置づけがより明確かつ多角的に見直されつつあります。
ここでは、展示会や出版活動、復刻プロジェクトなどを通じた最新の動向を整理し、現代におけるケアホルム再評価の潮流をひも解いていきます。
国際的な再評価──没後40年を機に広がる展示活動

ケアホルム作品の再評価が顕著になったのは、2019年以降のこと。2024年には、彼の没後40年を契機に、デンマーク国外でも大規模な回顧展が立て続けに開催されました。
そのひとつが、韓国・ソウルで5月から7月にかけて開かれた展覧会「Fritz Hansen Presents: The Poul Kjærholm Exhibition in Seoul」です。ケアホルムの家具と生涯を紹介する内容が展開され、多くの来場者を惹きつけました。期間中には、息子であり建築家でもあるトーマス・ケアホルムも来韓し、父の作品の革新性やタイムレスな魅力について講演を行っています。

この展覧会は同年12月、日本・京都へと巡回し、東山にある禅寺「両足院」にて「POUL KJÆRHOLM IN KYOTO」と題して開催されました。畳敷きの伝統的な寺院空間にケアホルムの椅子が並べられ、東洋と北欧、西洋と東洋の美意識が融合する独自の空間が演出されました。

未発表デザインが初公開されるなど、新たな視点からの再発見もあり、彼のデザインの普遍性が改めて印象づけられました。
日本国内の研究と展示──美術館による本格的紹介
日本においても、ケアホルム再評価の動きが加速しています。2024年6月から9月にかけては、東京・汐留のパナソニック汐留美術館にて、
「織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠 ポール・ケアホルム展 ─ 時代を超えたミニマリズム」が開催されました。
これは、日本の美術館で初めてとなるケアホルム専門の展覧会であり、世界的な椅子コレクター・織田憲嗣氏が所蔵する約50点の貴重なヴィンテージ作品が一堂に展示されました。展示構成は建築家の田根剛氏が手がけ、空間構成と歴史的・学術的な背景が緻密に絡み合う、深い体験型の展示となっています。
単なるプロダクト紹介にとどまらず、ケアホルムの思想や美学を空間全体から体感的に理解できる構成は、多くの来場者から高い評価を受けました。
出版と研究──学術的視点からの深掘り
出版や研究の分野でも、近年ますます充実が図られています。英語圏では、2006年に建築史家マイケル・シェリダン(Michael Sheridan)による包括的な作品集『Poul Kjærholm: Furniture Architect』が刊行され、ケアホルム作品の全カタログレゾネや設計思想が詳細にまとめられました。この書籍は、その後の研究における基礎資料として大きな影響を与えています。
デンマーク国内でも、展覧会カタログや専門書の出版が継続しており、美術館の収蔵品解説などでもケアホルムの作品がより深く、正確に取り上げられるようになっています。
日本においても、汐留美術館での展覧会にあわせて織田憲嗣氏監修による和書が出版され、日本語でケアホルムを学べる環境が少しずつ整ってきました。これにより、日本の研究者や愛好家が英語・デンマーク語に頼らず、彼の思想に直接触れられる機会が広がっています。
未発表デザインの復刻──アーカイブから蘇る名作たち
近年の動向として特に注目されているのが、ケアホルムが生前に遺した未製品化デザインの復刻プロジェクトです。
彼は多くのスケッチやプロトタイプを遺しており、その中には当時の技術や市場の制約で実現しなかったものも存在します。息子のトーマス・ケアホルムがアーカイブ整備を進める中で、それらの幻のプロダクトを現代技術で再現する取り組みが進められています。

たとえば、PK0チェア(合板を分割構成した初期作)は、フリッツ・ハンセン社の125周年記念に合わせて限定復刻されました。PK15(スチーム曲木による最晩年の試作)も2017年に初の市販化が実現しています。

さらに2024年〜2025年にかけては、1956年頃に構想された「PK23ラウンジチェア」が製品化される予定です。これは、デンマーク企業F.L.スミス社のために考案されたワイドタイプの安楽椅子で、長らくスケッチ段階にとどまっていたものです。復刻にあたっては、フリッツ・ハンセン社とケアホルムの遺族によるプロトタイプ検証が行われました。

このPK23は、京都・両足院での展覧会でも試作品が展示され、大きな話題を呼びました。復刻プロジェクトは、ケアホルムのデザイン思想を現代に問い直すうえで重要な意味を持っています。
評価の推移とこれからのケアホルム

ケアホルムは生前から専門家の間では高く評価されていたものの、知名度の面ではウェグナーやヤコブセンと比べるとやや控えめな印象がありました。しかし、ミニマルデザインや素材への意識が世界的に再評価される流れの中で、21世紀に入り彼の名声は一気に高まっています。
今では、北欧モダンデザインの枠を超えて、ミニマルアートや建築、さらには哲学的観点からもその存在が語られるようになりました。ケアホルムの作品には、「時代を超えて価値を持ち続ける力」と、「最小限の構成から生まれる豊かな体験」があります。
彼が生涯をかけて追い求めた「素材の真実」「構造の美」「余白の豊かさ」という価値観は、これからの時代においても色あせることなく、私たちの暮らしや感性に新たな視点をもたらし続けてくれるはずです。