第3回:素材こそがデザインを語る──ケアホルムの哲学と美意識の核心
─ スチール、革、木材──素材との対話から生まれた名作家具 ─
「素材こそがデザインの主役である」──ポール・ケアホルムの作品世界を語るうえで、この言葉ほど本質を表すものはないかもしれません。彼は、同時代の北欧デザイナーたちが主に木材を用いたのに対し、自らの作品に金属、特にスチールを積極的に取り入れた、きわめてユニークな存在でした。

とはいえ、ケアホルムが金属だけに固執していたわけではありません。むしろ彼の真骨頂は、スチールをはじめとする工業素材と、革・籐・木・大理石といった自然素材とを丁寧に組み合わせる、その絶妙なバランス感覚にあります。彼自身、「スチールの構造的な可能性だけでなく、その表面に落ちる光の反射に芸術的な魅力を感じている。私はスチールを木や革と同等に“自然素材”とみなしている」と語っています。
この発言からもわかるように、ケアホルムにとってスチールは単なる冷たく無機質な素材ではなく、時とともに風合いを増し、経年変化を楽しむことのできる有機的な存在でした。彼はさらに、「木や革が美しく年を重ねていくように、スチールや石にも同じ魅力がある。布地でそうした風合いが出るのはキャンバス地くらいしか知らないから、私は布張りの家具はあまり用いない」とも述べています。
革・籐・大理石──素材の“らしさ”を引き出す選択と技法
このような素材観に基づき、彼の作品では植物性タンニンでなめされたナチュラルレザーが好んで使われ、染色や塗装は極力避けられました。革本来の色味と質感を大切にし、「できれば染めたくない。人は汚れを嫌うから黒などに着色するのは仕方のない面もあるが、やはり革そのものの姿がいちばん美しい」と、彼は率直に語っています。

こうした思想は、彼の家具の細部にまで丁寧に反映されています。例えば、革張りの名作として知られるPK9チェア(別名「チューリップチェア」)では、成型されたガラス繊維製の座面に革をぴたりと貼り合わせるために、馬具職人の技術を応用した特別な縫製技法が用いられています。接合部や裏側といった目立たない部分にまで一切の妥協を許さないこの姿勢こそ、ケアホルムの美意識の核心です。

伝統工芸の技巧と工業技術を融合させる彼のスタンスは、「私は家具建築家(Furniture Architect)である」という、彼自身の言葉にも表れています。家具を単なる道具としてではなく、建築のように素材・構造・空間との対話を重ねていく対象と捉えていたことを示しています。
スチールと自然素材の調和──素材の対比と構造美
ケアホルムが愛した素材を改めて見ていくと、「スチール+自然素材」という構成に尽きます。ステンレススチールは、構造体としての強度と精密な加工性を兼ね備え、光を柔らかく反射させることで空間に調和します。一方、革や籐、木、大理石などの自然素材は、触れたときの温もりや豊かなテクスチャーを備え、視覚的にも空間にやわらかい印象を与えます。

ケアホルムは、こうした異なる素材同士が出会うことで生まれる美しさを設計の中心テーマとし、各素材の接合部や縫製ラインまでもが一つのデザイン要素となるよう、細心の注意を払っていました。たとえばPK22では、黒く染められた接合用のボルトをあえて露出させ、スチールフレームとの対比で構造美を際立たせています。また、PK80のデイベッドでは、広いマットレス部分を一枚革で覆い、縫い目を極力減らすことで、革そのものの存在感を際立たせました。

このような素材に対する徹底したこだわりが、ケアホルム作品の洗練された佇まいを支える重要な要素となっています。
晩年の転機──木材への回帰と新たな探求
さらに注目すべきなのは、ケアホルムのキャリア終盤に見られる「木材への回帰」です。彼は長年スチールを中心に据えてきましたが、1970年代に入ると、再び木という伝統素材を用いた作品の制作に取り組みます。その代表例が、1976年に手がけたルイジアナ近代美術館のコンサートホール用の椅子(通称「ルイジアナ・チェア」)です。
この椅子では、メープル無垢材のフレームに籐や布テープで編まれた座面と背もたれを組み合わせ、ケアホルムがスチールフレームで培った構造技術を木製フレームに応用している点が注目されます。当時のデンマークでは、公共施設において音響面から金属ではなく木材を用いるよう求められることがあり、この作品もそうした要請を受けて設計されました。その制約の中でも、ケアホルムは新たな挑戦として「金属の構造美を木で表現する」ことに取り組んだのです。
結果として生まれたメープル材の椅子は、籐の座面の幾何学模様や木フレームの緻密な接合部に、ケアホルムならではの美学が息づいています。同時に、木の持つ自然な柔らかさが空間に温もりを与える効果もありました。

彼はこの時期に他にも、曲木を使ったアームチェアPK15や、木製脚を採用したPK20の試作など、いくつかの木製家具に取り組んでいます。晩年に木へ立ち返った理由について明確な証言は残されていませんが、一つには、彼の出発点である木工技術への回帰の欲求があったと考えられます。家具職人としてスタートしたケアホルムにとって、金属という異なる素材で成功を収めた今だからこそ、木の魅力を再発見したのかもしれません。
また、1970年代の北欧デザイン界全体にも、1960年代のプラスチックや金属素材の流行から、再び自然素材への回帰の動きが見られ、ケアホルムもその潮流を意識していた可能性があります。いずれにせよ、素材がスチールから木へと変化しても、彼のミニマルな美学や構造へのこだわりは一切揺らぐことがなく、素材に左右されないデザイン哲学の普遍性を強く印象づける結果となりました。
第4回:巨匠たちとの対話から生まれた美学