「長く使えて、飽きがこない家具」の”飽き”について考えていく
秋真っ盛りですが、長野県上田では夜は寒いくらいです。
ほんっとに昔に比べて「秋」って短くなりましたね~
読書の秋ということですが、普段からいろいろと本を読んでるのですが、今年は哲学の本を読むことが多く何かといろいろと考えてしまう今日この頃です。(本は関係なく私の性格かもしれません…)
それで今回は「長く使えて、飽きがこない家具」という言葉の「飽き」について気になるところがありいろいろと考えてみました。
図らずも”飽き”と”秋”が掛かっていて、「おぉ~」と興奮しましたが、話を進めていきましょう。
改めてですが、インテリア業界ではよく「長く使えて、飽きがこない家具」という表現を目にします。
なんとなく良さそうに聞こえますが、実際のところどうなのでしょうか。
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「長く使える」は分かる。でも「飽きがこない」とは?
家具は高価で、そう頻繁に買い替えるものではありません。
だからこそ「長く使える」という基準は理解できます。
耐久性や修理しやすさ、使い勝手の良さは大切です。
一方で「飽きがこない」という表現には、少し引っかかりを覚えます。
これは言葉の正誤を論じたいわけではなく、「飽きる」という感情を家具にあてはめてよいのか?という素朴な疑問です。
「飽きる」という感情と家具の関係
飽きるとは、ある対象への関心や興味が薄れていくこと。
人間である以上、感情の変化は避けられません。例えば5年前に選んだ椅子を、今はそこまで気に入っていない…なんてことは往々にしてあると思いまうす。
ただしそれは単なる「飽き」なのでしょうか?
むしろライフスタイルの変化や身体の変化、価値観の変化によって「合わなくなった」と言う方がしっくりき来るように感じます。
あくまで、「飽きることが悪い」わけではなく、人の感情が自然に移ろっていくという前提を踏まえることだと思います。
家具は「飽きる・飽きない」で測れるもの?
家具は暮らしを営むための道具です。
「家」「車」「服」と同じように、時間が経てば劣化しますし、自分自身も変わっていきます。
それでも捨てずに持ち続けるのは、ただ「飽きていないから」ではなく、
- 快適性(座り心地や使いやすさ)
- 社会的価値(ブランド、職人技、素材の質感など)
- 機能的なデザイン(暮らしに合う形やサイズ感)
- 愛着(自分だけの思い出や時間の積み重ね)
といった複数の価値基準が、「捨てる」という基準を下回らないから所有し続けているという事です。
つまり、「飽きがこない」という言い方が間違っているというよりは、実際にはもっと多面的な要因があるのではないかということです。
「飽きがこない家具」と言われる背景
それでもインテリア業界で「飽きがこない」が強調されるのは、家具が高単価だからです。
気軽に買い替えができないため、後悔のない選択をしてほしいという意図から、「飽きがこない=嫌いになりにくい」と予防線を張る言葉として使われているのかもしれません。
本当に大事なのは「飽きないこと」ではなく「長く所有したいと思えること」
結局のところ、家具を長く使う理由は「飽きないから」ではなく、
「暮らしにとって必要で、心地よく、愛着が持てるから」ではないでしょうか。
つまり「長く使えて飽きがこない家具」という言葉の正体は、
「長年所有していたいと思える家具」なのだと私は考えています。
今回は完全に哲学にかぶれた男の戯言のみになりました。
ブログのネタが無いとこんなことになってしまいます(汗)
あくまで一個人の一つの解釈にすぎませんが、業界の言葉をもう少し実感に近づけると、読んでくださる方にも家具選びのヒントになるのではないかと思います。