フリッツ・ハンセンの
家具づくり

今回、I’m waiting様と「Fritz Hansen Café」を開催するにあたり、まずご紹介したかったのが、そもそもフリッツ・ハンセンとはどんなメーカーなのか、ということです。
セブンチェア、エッグチェア、スワンチェア、PK22。
名前は知らなくても、ホテルやレストラン、雑誌などで、一度は見たことのある椅子があるかもしれません。
フリッツ・ハンセンは、1872年にデンマークで創業した家具メーカーです。
150年以上の歴史を持つ、いわゆる「老舗」なのですが、歴史を調べてみると、昔ながらの家具を守り続けてきた会社というだけではありません。
むしろ、新しい材料や技術を取り入れながら、その時代の建築家やデザイナーが考えた「まだ世の中にない家具」を、本当に製品としてつくってきた会社でした。
私たち自身、フリッツ・ハンセンの家具を扱うようになって改めて面白いと感じたのは、その部分です。
1872年|家具職人の仕事から

「Fritz Hansen」というのは、もともと創業者の名前です。
1872年、25歳だった家具職人フリッツ・ハンセンが、故郷のナクスコウからコペンハーゲンへ移り、小さな工房を構えたところから歴史が始まります。
腕のいい家具職人として評判を得て仕事を広げ、やがて息子のクリスチャンへ。
二代目の時代になると、コペンハーゲン市庁舎をはじめ、国会議事堂や裁判所など、大きな建築のための家具も手掛けるようになります。
ここで、後のフリッツ・ハンセンにつながる仕事の仕方が見えてきます。
自分たちだけで家具の形を考えるのではなく、建築家が描いたものを受け取り、
「これを実際につくるには、どうしたらいいだろう」と考える。
フリッツ・ハンセンは、かなり早い時期から建築家と一緒に家具をつくってきたメーカーです。
20世紀前半|木を曲げる、という探究

20世紀に入ると、フリッツ・ハンセンは木を曲げる技術に力を入れていきます。
1915年には、デンマークで初めて蒸気を使った曲木の椅子の製造に成功しました。
木は硬い素材ですが、熱や水分を加えれば曲げることができます。
さらに時代が進むと、木を薄くスライスし、何層にも重ねて型の中で成形する「成形合板」の技術にも取り組むようになります。
どうすれば木を薄くできるのか。
薄くしても強度を保つにはどうするのか。
どうすれば複雑な曲線を、同じ品質で何脚もつくることができるのか。
そんな試行錯誤を長いあいだ続けていました。新技術に積極的に取り組む、技術力の高いメーカーだったわけです。
この話が興味深いのは、それが何十年も後になって、私たちのよく知る一脚につながるからです。
1950年代|ヤコブセンと、薄い木の椅子

1930年代、フリッツ・ハンセンは建築家アルネ・ヤコブセンと仕事を始めます。
そして1952年にアントチェア、1955年にはセブンチェアが生まれました。
セブンチェアをはじめて見たかたは、きっとすごくシンプルな椅子に感じられるかと思います。

薄い木の座面と背もたれに、細いスチールの脚。
今では似た構造の椅子も珍しくありません。
けれど1955年当時、座面と背もたれを一枚の成形合板でつくり、この薄さと曲線、強度を両立することは簡単ではありませんでした。
ヤコブセンが形を考え、それまでフリッツ・ハンセンが積み重ねてきた成形合板の技術が、その形を可能にしました。
ここが、フリッツ・ハンセンという会社を知るうえで大切なところだと思います。
セブンチェアはアルネ・ヤコブセンのデザインです。
けれどヤコブセン一人では、この椅子を何十年にもわたり、世界中へ届けることはできません。
デザイナーのアイデアと、それを製品にするメーカーの技術。
その二つが揃って、初めて一脚の家具になります。
1958年|建築の中に、人の居場所をつくる

ヤコブセンがコペンハーゲンのSASロイヤルホテルのために手がけたエッグチェアとスワンチェアは、1958年に発表されました。
成形合板の椅子とは異なり、硬質フォームを用いた構造が、量感のある自由な曲面を可能にしています。ヤコブセンは、粘土や石膏による試作を通して、その形を探りました。
エッグチェアの高い背と、左右に回り込む曲線。スワンチェアの、肘へと開いていく低い輪郭。並べて眺めると、人を迎え入れる方法がそれぞれ違うことに気づきます。

エッグは背もたれが高く、側面まで身体を囲みます。
スワンは背が低く、座っていてもまわりが見渡しやすい形です。同じホテルのために、なぜ二つの椅子を用意したのか。今回のカフェで座り比べてみると、それぞれをどんな場所で使いたいかも考えやすくなります。
ポール・ケアホルムという、もうひとつの系譜

フリッツ・ハンセンを語るうえで、アルネ・ヤコブセンと並んで欠かせないのが、ポール・ケアホルムです。
ケアホルムはもともと家具職人として木工を学びながら、スチールという素材に大きな可能性を見いだしたデザイナーでした。

若いころ、一時フリッツ・ハンセンで働いていますが、その後会社を離れ、家具プロデューサーのアイヴィン・コル・クリステンセンと仕事を始めます。
そこで1956年に生まれたのが、今回のFritz Hansen Caféにも置かれるPK22やPK61です。
つまり、この二つはもともとフリッツ・ハンセンのためにデザインされた家具ではありません。
ケアホルムが1980年に亡くなった後、1982年からフリッツ・ハンセンが彼の主要なコレクションの製造と販売を引き継ぎました。
若い頃に一度離れた会社へ、死後、その作品が戻ってきたことになります。
現在ではPK22もフリッツ・ハンセンを代表する一脚ですが、そこに至るまでには、こうした複雑な歴史があります。
有名なデザイナーの名前だけでは、家具は残らない

フリッツ・ハンセンがともに仕事をしてきた巨匠は、アルネ・ヤコブセンやポール・ケアホルムだけではありません。
ハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセン、コーア・クリント、ヴァーナー・パントン。
近年ではセシリエ・マンツ、ハイメ・アジョン、ピエロ・リッソーニなど、本当にさまざまなデザイナーが登場します。
これだけを見ると、「有名デザイナーを集めたブランド」のようにも見えます。
でも、150年以上の歴史を追ってみると、少し違う印象を持ちます。
フリッツ・ハンセンの役割は、デザイナーの名前を借りることではなく、彼らが思い描いたものを、家具として成立させることでした。
木を曲げる。
薄い合板を成形する。
スチールを加工する。
複雑な曲面に張地を沿わせる。
そしてそれを同じ品質で長くつくり続ける。
デザインの裏側には、いつも製造する側の仕事があります。
まずは、一度座ってみてください
家具の歴史を知ると、きっと見え方が変わってくるかと思います。
セブンチェアなら、アイコン的なシルエットだけではなく、横から見た合板の薄さや曲がり方。
エッグチェアなら、座ったときの周囲の景色とそのデザインされた意図。
PK22なら、それぞれのパーツがどうやってミニマルに構成されているのか。
もちろん、そんなことを知らなくても家具は使えます。
今回のFritz Hansen Caféも、わたしたちがついついお話してしまう家具のマニアックな知識よりも
ドリンクを飲んだり、デザートを食べたり、誰かと話したり。
いつものカフェで過ごすように、まずは体感していただきたいのです。
その中で、
「この椅子、なんだかいいな」
と思うものがあれば、形を眺めて気に入ったポイントを探してみたり、実際に暮らしに取り入れたときのイメージをぜひ。
そこから、その家具がなぜこんな形をしているのか、誰が考え、誰がつくってきたのかを知っていくと、一脚の椅子がそれまでとは違って見えてきます。
今回のFritz Hansen Caféが、フリッツ・ハンセンをすでにご存じの方だけでなく、これから家具選びをはじめられる方にとっても、そんなきっかけになれば嬉しく思います。