PK22|構造と素材から知る、ケアホルムのラウンジチェア

美しい椅子なのに、空間を占領しない。
ラウンジチェアというと、どんな椅子を思い浮かべるでしょうか。
厚みのあるクッションに、身体を包み込むような背もたれ。ゆったりと腰掛けて過ごすための、大きな椅子を想像する方も多いと思います。
けれど、ポール・ケアホルムが1956年にデザインした「PK22」は、そうしたラウンジチェアとはずいぶん違った姿をしています。
細い金属のフレームに、革や籐を張った薄い座面。
アームもなく、背もたれから座面へと続く一枚の面が、床の上に浮かんでいるように見えます。
驚くほど簡潔な構造ですが、よく眺めてみると、細かな部分まで丁寧に考えられていることが分かります。
そして、実際に部屋に置いてみると、もうひとつの特徴に気づきます。
椅子そのものは美しいのに、周囲の空間をあまり遮らないのです。
PK22の魅力は、その造形の美しさだけでなく、椅子と空間の関係にもあると思います。
木工職人が見つめた、スチールの可能性

PK22をデザインしたポール・ケアホルムは、1929年にデンマークで生まれました。
もともとは木工を学んだ家具職人で、コペンハーゲンの美術工芸学校で家具デザインを学んでいます。
当時のデンマーク家具は、木材を使った美しい家具づくりで世界的な評価を高めていました。
木の性質を理解し、材料を適切に加工し、職人の技術によって丈夫で美しい家具をつくる。
そうした伝統が大切にされていた時代です。
しかし、ケアホルムが強い関心を寄せていたのは、スチールという素材でした。
金属は、建築や機械などに広く使われていた工業的な素材です。
一方でケアホルムは、スチールにも、木材と同じように家具の材料としての美しさがあると考えていました。
スチールにはスチールの強さがあり、金属だからこそ実現できる細い構造があります。
それを木材の代用品として扱うのではなく、ひとつの独立した素材として考える。
ケアホルムは、金属の性質を生かしながら、革や籐、キャンバス、石といった自然素材を組み合わせた家具を数多くデザインしました。
PK22も、そんな彼の素材に対する考え方から生まれた椅子のひとつです。
一脚の椅子に必要なものを考える

PK22の原点をたどると、ケアホルムが学生時代に制作した「PK25」という椅子に行き着きます。
エレメントチェアとも呼ばれるPK25は、スチールの構造をできるだけ連続した形でつくり、その上にロープ状の素材を張った、とても実験的な椅子でした。
構造を極限まで簡潔にするという試みです。

そこから数年を経て、1956年に生まれたのがPK22でした。
二つの椅子を見比べると、低い座面や、前後に広がる脚、細い金属による構造など、共通している部分が数多くあります。
しかし、実際のつくり方には大きな違いがあります。
PK25では、連続したスチールの構造が大きな特徴でした。
一方PK22では、スチールのフレームを複数の部材に分け、それらを接合する方法が採用されています。
一見すると、部品が増えた分、複雑になったようにも思えます。
けれど、実際には製造方法や座り心地を改善するための、重要な変更でした。
ケアホルムは、必ずしも部品の数を減らすことだけが優れたデザインだとは考えなかったのでしょう。
それぞれの部材に必要な役割を与え、適切な方法で組み合わせる。
その結果として生まれた、無理のない美しさがPK22にはあります。
細い金属の中にある、家具職人の仕事

PK22にご興味を持たれたら、ぜひ座面の下にも目を向けてみてください。
平たいスチールのフレームが、どこで曲がり、どこで別の部材とつながっているのか。
その構造を追いかけてみると、一つひとつの部品が必要な役割を持っていることが分かります。
PK22は、金属の接合部分をすべて隠してしまうような家具ではありません。
スチールの部材や接合部分も、椅子全体の造形に組み込まれています。
これは、伝統的な木工家具にも通じる考え方だと思います。
木製の椅子でも、脚や貫、座枠をどのように接合するかは、家具の強度と美しさに大きく関わります。
材料を正確に加工し、適切な方法でつなぎ合わせる。
そうした家具職人の仕事が、PK22では金属という素材を通して表現されているように感じます。
スチールを使っているからといって、単純に工業的で冷たい家具というわけではありません。
材料を知り、構造を考え、細かな部分まで仕上げる。
PK22には、もともと木工を学んだケアホルムらしい、家具づくりに対する真摯な姿勢が表れています。
デザインを形にした、もう一人の人物

PK22は現在、フリッツ・ハンセンによって製造されています。
しかし、1956年に誕生した当初から、フリッツ・ハンセンの製品だったわけではありません。
ケアホルムがPK22を発表するうえで、重要な役割を果たしたのが、家具製造者のアイヴィン・コル・クリステンセンでした。
二人の協働が始まったのは1955年。
クリステンセンは、ケアホルムの考える家具を実際の製品として成立させるために、製造や品質管理を支えました。
デザインを考えることと、それを繰り返し安定した品質でつくることは、別の仕事です。
特にケアホルムの家具では、金属を正確に加工する技術や、革を適切な張り具合で仕上げる技術が欠かせません。
そのどれかひとつが欠けても、完成した家具の印象は変わってしまいます。
ケアホルムとクリステンセンの協働によって誕生したPK22は、翌1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。
この受賞をきっかけに、ケアホルムの名前は国際的に広く知られるようになります。
二人の協働は、ケアホルムが亡くなる1980年まで続きました。
その後、1982年にフリッツ・ハンセンがケアホルム・コレクションの製造と販売を引き継ぎ、現在に至っています。
一脚の家具の背景には、デザイナーだけでなく、その形を実現するために仕事を重ねてきた人たちの歴史があります。
素材によって変わる、椅子の表情



PK22は、座面と背もたれの素材によって、印象が大きく変わる椅子です。
革張りのタイプでは、薄い金属のフレームと、一枚の面のようにつながる革の対比が印象的です。
スチールの硬質な光沢に対して、革には柔らかな質感があります。
一方、キャンバスを張ったタイプでは、布の織り目が見え、より軽快で素朴な印象になります。
籐編みのタイプでは、細い素材を丁寧に編み込んだ表情が、金属の構造と組み合わさります。
同じ形の椅子でも、そこに使われる素材が変わることで、ずいぶん違った佇まいになるものです。
革を選ぶ場合には、さらに革の種類による違いもあります。
天然の革らしい模様や色の変化を楽しめるものもあれば、表面を整えることで、日常的に扱いやすくしたものもあります。
革が持つ風合いや手触り、使い込んでいく中での変化。
そうした素材の違いを知りながら選ぶことも、家具を長く楽しむための大切なことだと思います。
座ることで分かる、PK22の特徴

PK22は、幅63cm、奥行63cm、高さ71cm。座面高は35cmです。
一般的なダイニングチェアよりも座面が低く、身体を後ろに預けて過ごすためのラウンジチェアです。
厚いクッションに身体が沈み込むような椅子ではありません。
革や籐でつくられた座面が身体を受け止め、背もたれに体重を預けることができます。
また、アームがないため、左右への動きが比較的自由です。
肘掛けに腕を預けて長い時間過ごしたい方には、別のラウンジチェアの方が適しているかもしれません。
一方で、身体の周囲を大きなクッションやアームで囲まれないことが、心地よく感じられる方もいると思います。
椅子には、それぞれ得意な過ごし方があります。
どんなに評価の高い椅子であっても、すべての人に同じ座り心地を与えるわけではありません。
実際に腰掛け、身体の角度や座面の高さを確かめてみることが大切です。
そして、PK22では、座ることと同じくらい、そこから見える周囲の景色にも目を向けてみたいと思います。
椅子が部屋を占領しないということ

ケアホルムの息子、トーマス・ケアホルムは、父がPK22を低く設計した理由について、興味深い話をしています。
父は、椅子が部屋の中で大きな存在感を持ちすぎることを望んでいなかった。
そのために座面を低くし、腰掛けたときにも周囲の空間が広く感じられるようにした、というのです。
この話を知ると、PK22の形が少し違って見えてきます。
背もたれが高く、大きなアームを備えた椅子は、それだけで部屋の中に強い存在感を生みます。
一方PK22は、座面も低く、構造も非常に細いため、椅子の向こうにある床や壁、窓まで視線が抜けていきます。

部屋の中央に置いたとしても、視界を大きく遮ることがありません。
木製の家具や布張りのソファと組み合わせても、金属の細い輪郭が全体の印象を引き締めながら、周囲の素材を引き立ててくれます。
家具を選ぶとき、私たちはその家具がどれほど美しいかを考えます。
けれど、実際に部屋へ置くときには、その家具が空間にどのような影響を与えるかも大切です。
椅子そのものが美しいこと。
そして、その椅子を置いた部屋も美しく感じられること。
PK22は、その両方を考えるきっかけを与えてくれる椅子です。
PK61とともにつくる、小さな居場所

PK22がデザインされた1956年には、同じケアホルムによるコーヒーテーブル「PK61」も誕生しています。
PK61は、四角い石やガラスの天板を、細い金属のフレームで支えるローテーブルです。
二つの家具は、もともとケアホルム自身の住まいで使うことも想定された、関係の深い作品でした。
椅子とテーブルを並べてみると、どちらも必要な構造を明確にし、スチールと異なる素材を組み合わせていることが分かります。
PK22に腰掛け、そのそばにPK61を置く。
本を開いたり、飲み物を置いたり、窓の外を眺めたりするための、小さな居場所が生まれます。

家具を選ぶとき、つい椅子やテーブルを一つずつ考えがちですが、実際の暮らしでは、それらを組み合わせて使うことがほとんどです。
そこに照明が加われば、夕方や夜にも心地よく過ごせる場所になります。
家具は、単体で完成するものではありません。
周囲の家具や空間、そこで過ごす人との関係によって、その価値が変わっていくのだと思います。
暮らしの中に、余白を残す

良い家具を選ぶことは、必ずしも部屋の中を家具で満たしていくことではありません。
好きな椅子を一脚置き、その周囲に少し余白を残す。
窓から入る光や、床に落ちる影を楽しむ。
椅子に腰掛けながら、部屋の向こうに目を向ける。
そうした過ごし方も、暮らしを豊かにするひとつの方法だと思います。
PK22には、大きなクッションも、身体を包み込むような高い背もたれもありません。
けれど、必要な構造を丁寧に考え、素材の持つ美しさを生かしながら、70年もの間つくり続けられてきました。
その理由は、単に形が美しいからというだけではないのでしょう。
家具が必要以上に主張せず、空間や人との関係を大切にすること。
PK22は、そんな家具のあり方を示しているように思います。
今回のフリッツ・ハンセンカフェでは、I’m waitingの店内でPK22とPK61を実際にご覧いただけます。
ぜひ椅子に腰掛けて、座面の高さや身体の角度、周囲の空間の見え方を確かめてみてください。
そして、椅子から立ち上がったら、少し離れた場所からその姿を眺めてみてください。
人が座っていないときも、PK22は部屋の中に静かに佇んでいます。
その控えめな美しさこそ、この椅子が長く愛されてきた理由のひとつではないでしょうか。