ピート・ハイン|詩を書く人が、テーブルの形を考えた

四角でも丸でもない。その間にある、美しい答え。
私たちの身の回りには、四角いものと丸いものがたくさんあります。
建物や部屋、机、本棚は四角いことが多く、時計や食器、車のタイヤなどには円形が使われています。
それぞれに理由があり、用途に応じて適した形が選ばれています。
では、四角でも丸でもない、その中間の形が必要になったらどうでしょうか。
フリッツ・ハンセンの「スーパー楕円テーブル」は、そんな問いから生まれた家具です。
長方形のように広い天板を持ちながら、角は滑らかな曲線を描いている。一見すると角を丸くした長方形にも見えますが、その輪郭は数学的な規則によってつくられています。
この独特な形を、都市計画や家具のデザインへと応用した人物が、デンマークのピート・ハインです。
彼は建築家でも、もともと家具を専門に学んだデザイナーでもありませんでした。
数学や物理学を学び、詩を書き、パズルや生活用品を考案した、多彩な才能を持つ人物です。
彼の仕事をたどっていくと、数学と芸術が決して遠く離れたものではないことに気づかされます。
科学と芸術の間で育まれた感性

ピート・ハインは1905年、デンマークのコペンハーゲンに生まれました。
父は技術者、母は眼科医。幼い頃から、科学や知識に親しみやすい家庭環境で育ちました。
1924年にはコペンハーゲン大学で哲学を学び始めますが、その後は美術学校へ移り、ストックホルムの美術学校でも学んでいます。
さらにデンマークへ戻ると、哲学や理論物理学を学び、物理学者ニールス・ボーアの研究所にも出入りするようになりました。
科学者として研究を続ける道もあれば、芸術家として作品をつくる道もある。
一般的には異なる分野として考えられるものですが、ハインはそのどちらか一方を選ぶことはありませんでした。
数学的な規則を考えながら、詩や絵を制作し、実際に使う道具の形も考える。
彼の仕事には、科学と芸術の間に明確な境界を設けない姿勢が見られます。
若い頃からニールス・ボーアとの交流があり、のちにはアルベルト・アインシュタインやチャールズ・チャップリンとも親交を持ちました。
科学者から芸術家まで、さまざまな分野の人々と交流していたことも、ハインという人物を知るうえで興味深いところです。
人生の機微を、短い詩にする

ピート・ハインは、デンマークでは詩人としても広く知られていました。
彼が書いたのは「グルック」と呼ばれる、独特な形式の短い詩です。
1940年4月14日、デンマークの新聞『ポリティケン』にグルックが掲載され、その後も多くの作品が発表されました。
当時のデンマークは、ドイツ軍による占領が始まったばかりの時代です。
彼の詩は、日常の出来事や人間の矛盾、人生の喜びや難しさを、ユーモアや風刺を交えて表現したものでした。
難しい哲学を長い文章で説明するのではなく、わずかな言葉で、物事の見方を少し変えてみせる。
ときには、小さなイラストも添えられていました。
ハインは「クンベル」という筆名でも活動し、1940年から1963年にかけて20冊のグルック詩集を出版しています。
こうした詩の仕事を知ると、彼が家具のデザインで何を大切にしていたのかも、少し見えてくるように思います。
複雑なことを、できるだけ簡潔な形で表現する。
余分なものを取り除くことで、かえって本質がよく見えてくる。
短い詩と家具のデザインは、まったく違う仕事のようでいて、どこか共通するところがあります。
数学から生まれた、立体パズル

ハインの発明には、もうひとつ面白いものがあります。
「ソーマキューブ」と呼ばれる立体パズルです。
大小の立方体を組み合わせてできた7つの異なるピースを使い、ひとつの大きな立方体を完成させるというものです。
彼は物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクの講義を聞いているとき、空間を小さな立方体に分けるという話から、このパズルを思いついたと伝えられています。
ソーマキューブは、単純な形を組み合わせるだけのパズルです。
ところが、実際に組み立ててみると、そこには多くの組み合わせ方や解き方があります。
限られた要素から、どれほど多くの可能性が生まれるのか。
その面白さを、誰もが手に取って楽しめる道具にしたのです。
数学の知識がなくても、手を動かしながら遊ぶことができる。
こうした仕事にも、科学的な発想を日常の中へ取り入れようとするハインの姿勢が表れています。
ストックホルムの街が求めた、新しい曲線
スーパー楕円の物語は、1950年代末のスウェーデン、ストックホルムへとつながります。
当時、街の中心部では大規模な再開発が進められていました。
その中で課題となったのが、セルゲル広場の中央につくられる広場と、その周囲を通る車の動線です。
都市の中心にある長方形の敷地へ、車が滑らかに通行できる曲線を収める必要がありました。
円形では敷地を十分に生かせず、一般的な楕円形では両端が細くなりすぎる。
複数の円弧を組み合わせる方法も検討されましたが、曲線のつながりが不自然になってしまうという問題がありました。
そこで建築家たちから相談を受けたのが、ピート・ハインでした。
彼は数学的な曲線を応用することで、円や楕円とは異なる、新しい輪郭を提案します。
それが「スーパー楕円」です。
スーパー楕円は、長方形のような広がりを持ちながら、四隅には角がありません。
曲線全体が滑らかにつながり、どこか一か所で急に向きが変わることもありません。
この形は、長方形の敷地に自然に収まりながら、車が周囲を滑らかに走るための条件も満たしていました。
ハインの提案は採用され、ストックホルムの都市計画の中で実現することになります。
数学の中にあった形を、暮らしの中へ
実は、スーパー楕円を表す数学的な曲線そのものは、ハインが初めて発見したものではありません。
その数学的な原理は、1818年にフランスの数学者ガブリエル・ラメによって研究されていました。
ハインの功績は、その曲線に新しい可能性を見出し、実際の都市計画や製品のデザインに応用したことにあります。
数学的な規則があるからといって、必ずしも美しい形になるわけではありません。
どのような比率にするのか。どれくらい角を丸くするのか。
わずかな違いによって、形の印象は大きく変わります。
ハインは、曲線の比率やふくらみ方を検討しながら、長方形と楕円形の間にある調和のとれた形を探りました。
こうして都市計画に用いられたスーパー楕円は、その後さまざまな製品のデザインにも応用されていきます。
器、家具、生活用品。
建築や都市という大きな規模で使われた形が、今度は人の手に触れる小さなものへと展開されていったのです。
ブルーノ・マットソンとの出会い

スーパー楕円を家具のデザインへと発展させるうえで、大きな役割を果たしたのが、スウェーデンの家具デザイナー、ブルーノ・マットソンでした。
マットソンは、木材を曲げる技術や、人間の身体に沿った椅子の構造を研究していた人物です。
座るときの身体の姿勢を調べ、木製のフレームや布の張り方を工夫しながら、数多くの椅子をつくってきました。
一方のハインは、数学的な曲線と、その形が持つ可能性を追求していました。
それぞれ異なる専門性を持っていた二人が協働することで、スーパー楕円は実際に使う家具へと発展していきます。
そして1968年、フリッツ・ハンセンによるスーパー楕円テーブルの製造が始まりました。
このテーブルの特徴は、もちろん天板の形です。
長方形のように広い面積を確保でき、丸いテーブルのように四隅には角がありません。
座る位置を厳密に決める必要がなく、曲線に沿って椅子を配置することもできます。
また、細いスチール製の「スパンレッグ」も、二人が開発した特徴的な構造です。
金属の弾性を利用して、天板の裏側に取り付けられた金具へ脚を固定する仕組みで、組み立てに特別な工具を必要としません。
天板の美しい形だけではなく、それを支える構造にも、合理的な工夫が見られます。
四角でも丸でもない、食卓のかたち
スーパー楕円テーブルの面白さは、実際に食卓として使ってみると、よりよく分かります。
長方形のテーブルは、壁や部屋の形に合わせやすく、ものを置くための広い天板を確保できます。
一方、丸いテーブルには、人が自然に向き合い、食卓を囲める良さがあります。
スーパー楕円は、そのどちらとも少し違う形です。
長方形に近い広がりを持ちながら、角がなく、滑らかな曲線が連続しています。
家族で食事をするときには、長辺に沿って椅子を並べる。
友人を招いたときには、端の曲線を利用して、椅子を少し斜めに置くこともできます。
もちろん、どのような人数でも自由に座れるというわけではありません。実際の使いやすさは、天板の大きさや椅子の幅によって変わります。
けれど、一般的な長方形とは違った、柔軟な椅子の配置ができることは、このテーブルの魅力のひとつです。
数学的な形が、家具としての美しさだけでなく、日々の食事や会話の場面にも役立っている。
そう考えると、スーパー楕円という曲線が、ずいぶん身近なものに感じられてきます。
形を変えれば、見えてくるものも変わる
ピート・ハインは、スーパー楕円の考え方を平面だけでなく、立体にも発展させています。
そのひとつが「スーパーエッグ」と呼ばれる、卵のような立体です。
普通の卵や楕円体とは少し異なる輪郭を持ち、平らな場所に立てて置くことができるという、ユニークな特徴があります。
この形はオブジェや生活用品にも応用されました。
四角と丸の中間にある形。
平面の輪郭を立体に変えた形。
そうしたものを考え続けていたハインの仕事には、どこか遊び心があります。
数学を使っているからといって、難しく、堅苦しいものばかりをつくっていたわけではありません。
むしろ、数学によって新しい形を見つけ、それを誰もが使い、楽しめるものへと発展させていったのです。
その姿勢は、グルックという短い詩や、ソーマキューブのようなパズルにも通じています。
言葉でも、立体でも、家具でも。
限られた要素から新しい可能性を見つけることが、彼の仕事の中心にあったように思います。
暮らしの中にある、美しい答え

ピート・ハインは1996年、90歳で亡くなりました。
その生涯には、詩、数学、科学、発明、デザインと、実にさまざまな仕事があります。
一見すると、それぞれはまったく異なる分野のように思えます。
けれど、彼の仕事を振り返ると、そこには共通する考え方が見えてきます。
物事を、最初から決められた形で考えないこと。
当たり前だと思っているものにも、別の可能性がないかを探してみること。
そして、複雑な問題の中から、簡潔で美しい答えを見つけようとすること。
スーパー楕円テーブルも、そんな姿勢から生まれた家具です。
私たちはダイニングテーブルを選ぶとき、長方形にするか、円形にするかを考えることがあります。
しかし、必ずしもその二つから選ばなくてもよいのかもしれません。
部屋の形や広さ、そこで過ごす人数、普段の暮らし方。
そうしたことを考えていけば、別の形が適している場合もあるでしょう。
ピート・ハインのスーパー楕円は、家具を選ぶときにも、物事を少し違った角度から考える楽しさを教えてくれます。
今回のフリッツ・ハンセンカフェでは、I’m waitingの店内でスーパー楕円テーブルをご覧いただけます。
ぜひ、天板の輪郭を眺めるだけでなく、実際に椅子に腰掛けてみてください。
隣に座る人との距離や、テーブルの端までの広がり方。曲線に沿って椅子を置いたときの印象。
日々の食卓として使うことを想像してみると、この不思議な形の意味が、少しずつ見えてくると思います。
ストックホルムの街の交通問題から生まれた曲線が、今では私たちの食卓にある。
そんな背景を知ることも、家具を楽しむひとつの方法ではないでしょうか。