第2回:ケアホルムの名作、PKシリーズを徹底解説
─ 北欧モダンを象徴する代表作とその時代背景 ─
ポール・ケアホルムは、約30年にわたるデザインキャリアのなかで、番号付きの「PKシリーズ」を中心に数多くの名作家具を世に送り出しました。ここでは、彼の代表作のいくつかを年代順に取り上げ、それぞれの設計年、特徴、素材選びの背景、そして当時の社会的・デザイン的な文脈との関係について、丁寧にひも解いていきます。
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PK25(1951年):スチールとロープで描く構造美

ケアホルムのデビュー作ともいえるこの一人掛けのラウンジチェアは、デンマーク工芸学校の卒業制作としてデザインされました。通称「エレメントチェア」とも呼ばれるこの作品は、一本の連続したスチール材をフレームとして成形し、その上に麻のロープを格子状に巻いて座面と背もたれを構成しています。ネジや継ぎ目を一切見せないという極めてミニマルな構造で、「座るための面」と「支持するフレーム」という椅子の本質を、非常に純粋な形で表現しています。

このPK25は、機能性と造形美を見事に融合させており、デンマークに根付く伝統的な木製家具とは一線を画す存在でした。新素材に果敢に挑戦し、その可能性を探求するケアホルムの姿勢が最初に表れた記念碑的な作品でもあります。卒業制作展で注目され、実際に製品化もされたものの、生産コストの高さから当時は少量生産にとどまりました。しかし、後年になってその評価は大きく高まり、現在では近代家具の歴史において重要な作品として位置づけられています。
PK22(1956年):世界に名を知らしめた金字塔
ケアホルムの名を一躍世界に知らしめたラウンジチェアが、このPK22です。座面が低く、背もたれがやや傾斜した片肘なしのシンプルな一人掛けチェアで、コールド・クリステンセン社との協働で発表した最初の作品でもあります。

その構造は非常にシンプルで、左右の脚部フレームは一体成型のばね鋼(スプリングスチール)によって前脚から後脚までが一本で繋がっており、緩やかな4か所の曲げ加工だけで全体の形状が決まります。この2本のフレームを上下2点でボルト留めの横桟で連結し、その上に長方形の座面を載せたという、極めて理にかなった構造です。
座面素材には、冷たい金属のフレームに対比するように、温かみのある本革や籐(とう)の編み込みが採用されています。この質感のコントラストが、椅子全体に豊かな表情を与えています。

造形的な洗練も際立っており、1920年代にミース・ファン・デル・ローエが手がけた「バルセロナチェア」とよく比較されます。バルセロナチェアが重厚で堂々とした存在感を持ち、主に公共空間向けであるのに対し、PK22ははるかに軽やかでエレガント、家庭のリビングルームにも自然に溶け込む親しみやすさを持っています。寸法も控えめで、空間に対して控えめながらも繊細な佇まいが評価されました。
この椅子は1957年、ミラノ・トリエンナーレにおいてグランプリを受賞し、さらに翌年にはデンマーク国内のルニング賞をも受賞。北欧モダンデザインの代表的な椅子として、その地位を確立しました。

デザインの完成度の高さは、「もし何か一つでも付け加えたり取り去ったりすれば、デザインそのものが損なわれてしまう」と評されるほどで、素材・構造・形態の三位一体のバランスが見事に取られた、まさに20世紀家具デザインの金字塔といえる存在です。
PK61(1956年):構造を見せるテーブルという彫刻
ケアホルムが得意としたローテーブルの中でも、構造美を極限まで追求したのがこのPK61です。約80cm四方の天板を支える脚部構造は独創的で、L字型に曲げたステンレススチールの4本のパーツを角ごとに配置し、それらを上下から組み合わせて脚部とフレームを構成しています。

注目すべきは、ビスや溶接を一切使用せず、重力とパーツ同士の噛み合わせによって安定性を生み出している点。ここには、ケアホルムならではの構造に対する鋭い感性が表れています。
天板素材としては、初期には透明ガラスが用いられており、下にあるフレームの幾何学的な美しさを透かして見せるという工夫がなされていました。後には、大理石やスレート、グラナイトなどの石材バリエーションも加えられています。
ガラス天板越しに見える脚部は、まるで空間に描かれた線の集合が「面」を想起させるような、彫刻的な美しさをたたえています。このような知的な構成力は、丸天板のPK54(1963年)など他のテーブル作品にも共通して見られ、ケアホルムはごくシンプルな部材を用いながら、極めて洗練された三次元構造を組み上げることに長けていました。
PK61は、その控えめな高さと佇まいにより、空間に静かに寄り添う「名脇役」として、多くのインテリアで愛され続けています。
PK24(1965年):ハンモックのような浮遊感をもつシェーズロング

「ハンモック・チェア」の異名を持つこの作品は、ケアホルムの円熟期を代表するシェーズロング(寝椅子)です。長くゆるやかにカーブした座面に身を預けることで、半寝・半座の姿勢をとるリクライニングチェアとなっており、その有機的なフォルムは金属製とは思えないほどの優美さを湛えています。
ケアホルム自身はこの椅子について、「身体を2点間に宙づりにして支えるハンモックのような構造」と語っており、最小限のフレームで布一枚に身体を預けるような、浮遊感のあるデザインを目指していました。
インスピレーションの源には、18世紀フランス宮廷のロココ様式による優雅なシェーズロングがあるとされ、伝統的な美意識と近代的ミニマリズムの融合がここに見て取れます。

構造は非常にシンプルで、スプリングスチールを曲面に成形したフレームに、籐の編み地や本革をぴんと張った座面を載せ、極細のフレームで支えるというもの。座面裏には補強用のサブフレームが折りたたまれており、中央からしっかりと支える工夫も施されています。

この椅子は「史上もっともエレガントで無駄のないリクライニングチェア」とも評されており、素材選びの巧みさとデザインの完成度が高く評価されています。硬質な金属でありながら、曲線の柔らかさや身体へのフィット感を実現し、しかも着脱可能な首当てクッションで快適性も確保されている点は、ケアホルムのバランス感覚を象徴するものといえるでしょう。
PK24は、発表当初から高い評価を受け、今なおケアホルム作品の中でも特に認知度の高い一作として語り継がれています。
その他の代表作とその魅力
上記以外にも、PK9(鋳造アルミとレザーによるダイニングチェア/1960年)、

PK20(革ベルトとスチールのラウンジチェア/1968年)、

PK80(一枚革張りのデイベッド/1957年)など、

ケアホルムの代表作は数多く存在します。それぞれが独自の素材や構造的工夫に満ちており、社会的背景や彼のデザイン哲学とも密接に関わっていますが、本稿では特に著名な4作品に絞って解説を行いました。
ケアホルムの家具に息づく時代性と普遍性
ケアホルムの家具は、いずれの作品もその時代のデザイン潮流や社会背景と深い関わりを持っています。1950年代半ばのデンマークでは、ハンス・J・ウェグナーやフィン・ユールに代表される有機的な木製家具が主流でした。そんな中、金属を大胆に取り入れたケアホルムの作品群は異彩を放つ存在でした。
彼はオランダのヘリット・リートフェルトや、ドイツのミース・ファン・デル・ローエといったモダニズムの巨匠たちから大きな影響を受けつつ、素材や構造のあり方を革新的に再定義し、自身の独自路線を築き上げていきました。
PK22がミースの作品と比較され、伝統と革新の架け橋として評価されたように、PK24にもまた過去様式へのオマージュと同時に、新時代を先取りするミニマリズムの思想が息づいています。
このようにケアホルムの家具は、「時代背景と切り結びながら生まれた実験的なプロトタイプ」であると同時に、「時代を超えて愛され続ける、タイムレスなデザイン」として、今もなお高く評価され続けているのです。