セシリエ・マンツ|何気ない道具に、理由を見つける

陶芸家の両親と、ものづくりのある日常

セシリエ・マンツは1972年、デンマークに生まれました。
母のボディル・マンツ、父のリチャード・マンツは、ともに陶芸家です。
幼い頃から両親の工房が身近にあり、粘土が形を変え、焼成され、器として完成するまでの過程を見ながら育ちました。
父のリチャードは、既存の道具では思いどおりの形をつくれないとき、自分で道具や機械を考案することもあったそうです。
ものをつくるために必要な技術や方法を、自分で考えて解決する、そんな職人の仕事が、幼い彼女の日常にはありました。
もっとも、セシリエ自身が最初からプロダクトデザイナーを目指していたわけではありません。
もともとは絵を描くことに関心があり、画家になることも考えていたといいます。
その後、デンマーク王立芸術アカデミーでデザインを学び、在学中にはフィンランドのヘルシンキ芸術デザイン大学へ留学。
1997年に卒業し、翌1998年にはコペンハーゲンに自身のスタジオを設立しました。
紙に描き、手を動かし、形を探す
現代のデザインというと、コンピューターを使って精密な図面や立体モデルを制作する姿を想像するかもしれません。
もちろん、セシリエ・マンツの仕事でも、製品を完成させるためにさまざまな技術が使われています。
しかし、彼女自身の発想や形づくりの過程では、紙にスケッチを描き、実際の材料を使って模型をつくることが重要な役割を持っています。
コペンハーゲンのスタジオには工房があり、そこで何度も試作を繰り返しています。
形をつくってみると、図面だけでは分からなかったことが見えてきます。
少し角度を変えた方が美しいのではないか。部材を細くすると、必要な強度が保てないのではないか。
全体の形は整っていても、実際に使ってみると、手に触れる部分が気になることもあります。
セシリエはインタビューの中で、細部に目を向けることと、全体のバランスを確かめることを、何度も行き来すると話しています。
一部分ばかり見ていると、全体の姿を見失ってしまう。反対に、全体ばかりを眺めていては、小さな不具合に気づけない。
その両方を繰り返しながら、少しずつ形を整えていく。
完成した作品の簡潔な姿からは想像しにくいですが、その背景には多くの試行錯誤があるのです。
黒いシェードと、赤いコード

セシリエ・マンツの代表作のひとつが、2005年に発表されたペンダントライト「カラヴァッジオ」です。
デンマークの照明ブランド、ライトイヤーズのためにデザインされました。
最初に発表されたモデルは、光沢のある黒い金属製のシェードに、鮮やかな赤いコードを組み合わせたものでした。
ふっくらとした丸みを持つシェードと、その上に取り付けられた細い金属部品。

簡潔な形ですが、よく見ると、一般的なペンダントライトとは少し違った工夫があります。
セシリエは、照明を構成するシェードや光源だけでなく、金具や電気コードまで、ひとつのデザインとして考えました。
電気コードは、通常であれば目立たないように扱われることが多い部分です。
しかし、ペンダントライトでは天井からシェードまで、コードが長く伸びています。
どうせ見えるものなら、それも照明の美しさをつくる要素として考える。
カラヴァッジオの赤いコードには、そんな発想が表れています。
また、シェードの上部には光が抜ける部分が設けられ、金属の金具やコードにも光が届くようになっています。
下にあるテーブルを照らすだけでなく、照明そのものがどのように見えるのか。
細部まで考えられた設計です。
ちなみに「カラヴァッジオ」という名前は、イタリアの画家に由来します。
ただし、最初から画家の作品を参考にして形をつくったわけではありません。
照明が完成したあと、黒い光沢と赤い細部の組み合わせが、画家カラヴァッジオの作品に見られる劇的な明暗や色彩を連想させたことから名づけられたそうです。
その後、カラヴァッジオはサイズや仕上げの異なるシリーズへと発展し、2008年には乳白色のガラスを使った「Opal」が登場しました。

家具に見る、簡潔な構造の美しさ
フリッツ・ハンセンのためにデザインした家具にも、セシリエ・マンツらしい考え方が表れています。
2009年に発表された「エッセイテーブル」は、その代表的な作品です。

無垢材の天板と、それを支える二つの脚部。
大きく分けると、わずか三つの要素から構成されたテーブルです。
複雑な装飾を加えるのではなく、天板と脚部の形、その厚みやバランスを丁寧に整えることで、美しい家具として成立しています。
一方、近年発表された「モノリットチェア」は、布張りの柔らかな曲面によって、座る人を包み込むような形が特徴です。

エッセイテーブルとはまったく異なる姿ですが、どちらも、使うための機能と造形の美しさがひとつにつながっています。
また、彼女はフリッツ・ハンセン以外にも、さまざまなメーカーと仕事をしています。
それぞれのメーカーが持つ技術や素材を理解し、その条件の中で、どのような形がふさわしいのかを考える。
木材、金属、ガラス、陶磁器、布。
素材が変われば、加工の方法も、使うときの感触も変わります。
それらの違いを知り、適切な形を探っていくところに、セシリエの仕事の面白さがあるのだと思います。
幼い頃に訪れた、日本の有田

セシリエ・マンツの仕事を調べていると、日本との深いつながりがあることにも気づきます。
彼女が初めて日本を訪れたのは、わずか3歳の頃。
陶芸家の両親とともに訪れたのは、佐賀県の有田町でした。
有田は、長い歴史を持つ磁器の産地です。
幼い頃に触れた日本の陶磁器文化は、彼女の記憶に残り、その後の仕事にもつながっています。
現在、セシリエは有田焼のブランド「1616 / arita japan」で、器のデザインを手がけています。

子どもの頃に訪れた土地で、今度は自分がデザイナーとして、職人たちと一緒にものをつくっているのです。
また、日本の家具メーカー、マルニ木工とも協働しています。
日常の道具に目を向ける
2023年、東京でセシリエ・マンツの個展「TRANSPOSE 発想のめぐり」が開催されました。

この展覧会では、彼女がこれまでにデザインしてきた製品だけでなく、日頃から使っている器や道具、旅先で見つけたもの、色や素材のサンプルなども紹介されました。
なかには、日本の桶や、コンビニエンスストアで購入したレモン搾り器などもありました。
世界的に活躍するデザイナーが、そうした身近な道具を普段から使い、興味を持っていることは、少し意外に感じられるかもしれません。
しかし、彼女にとっては、身の回りのものがどのようにつくられ、どのように使われているのかを知ることが、デザインを考える出発点になっているのでしょう。
高価な家具にも、日常の小さな道具にも、それぞれに役割があります。
大切なのは、どこのブランドの製品なのかということだけではありません。
使ってみて、心地よいかどうか。素材や形に無理がなく、必要な役割を果たしているかどうか。
そうしたことを考えながら身の回りの道具を見ると、いつもの暮らしの中にも、さまざまな発見が生まれます。
今も続いている、デンマークのデザイン

デンマークの家具について語るとき、アルネ・ヤコブセンやハンス J. ウェグナー、ポール・ケアホルムといった、20世紀のデザイナーたちの名前がよく挙がります。
彼らが残した家具は、現在でも世界中で愛され、つくり続けられています。
しかし、デンマークのデザインは、決して過去のものではありません。
セシリエ・マンツのように、今も新しい素材や技術と向き合いながら、現代の暮らしに必要な道具を考え続けているデザイナーがいます。
時代が変われば、私たちの暮らし方も変わります。
家で仕事をする時間が増えたり、一つの部屋で食事と仕事をしたり。家具や照明に求める役割も、少しずつ変化していきます。
その中で、どんなものがあれば心地よく暮らせるのか。
新しい形を生み出すことだけでなく、今ある道具の使い方を見直すことも、デザインの大切な役割なのでしょう。
今回のフリッツ・ハンセンカフェでは、セシリエ・マンツの代表作のひとつ、カラヴァッジオ を設置しています。
乳白色のガラスを使った小さなペンダントライトですが、その姿には、素材や構造、光の広がり方を丁寧に考えてきた彼女の仕事が表れています。
実際に灯りをご覧いただくときには、シェードの美しさだけでなく、それを支える金属の部品や、天井から伸びるコードにも目を向けてみてください。
普段はあまり意識しない部分にも、それぞれの形になった理由があります。
そうしたことを知ると、家具や照明を見る楽しみが、少し増えるのではないでしょうか。